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2011年7月29日 (金)

夏の高校野球岩手県大会が終わり。

今年も夏の甲子園大会本県代表一枚の 切符の獲得をかけて争われた第93回全国 高校野球岩手県大会は花巻東高校、盛岡第三高校との間で決勝戦が行なわれ花巻東高校がニ年ぶり六度目の夏の甲子園大会の出場を決めたようです。

充実した指導スタッフ体制に何よりも他校の分析を確実に行い相手チームを研究して臨む花巻東高校の体制が甲子園出場を導いたように思います。


今年も夏の大会で公立高校が私学高校を撃破する試合がいくつかありました。
沿岸南地区の釜石高校は昨年度優勝の一関学院を撃破したのも嬉しいニュースでした。

同校長先生は住田町出身県立住田高校から釜石高校校長先生に就任された方で指導者は校長先生の教え子さんであるだけでなく前任地の高校では私の甥の面倒を見て下さった方でもあり私もそれがご縁でお知り合いになる事が出来ました。
また盛岡第三高校の指導者は同校卒業生で在校中に甲子園の土を踏んだ指導者です。

この方と一緒に甲子園に出場した選手は私の甥【母の弟の息子】であるだけに、同校の躍進を嬉しく思いました。

甲子園に出場した私の甥は宮古市河南中野球部指導者で一昨年選抜、夏の甲子園で活躍した花巻東高校の小柄な2番打者佐藤亮平選手を指導 しました。佐藤君は将来指導者を夢見て日本体育大学に震災しましたが、震災で自宅が被災した為か 自らの尊い一つしかない命を自分で経ったのが残念でなりません。

私の親族は何故か甲子園に縁がある方が多くいるのが現実です。

父の叔父さん【私の お祖母さんの兄】は 現在の京都大学を卒業して北上市にある県立黒沢尻工業高校の校長就任時に同校は甲子園に出場しました。

同校の卒業生に父方 の親族にお婿さん入りした方は黒沢尻工業高校で夏、春と甲子園大会出場を果たしたさいに部長で甲子園のベンチ入りしました。

高田高校の監督に就任後高田高校を春の県大会で優勝に導き 住田高校部長で退職しましたが今年の東日本大震災で犠牲者となり他界したのが残念でなりません。

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