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2011年10月

2011年10月31日 (月)

福祉の里センターに注目。

大船渡市内高台にある福祉の里の敷地に建設した、県立福祉の里センターの運営を地元の社会福祉法人に県の指定管理者制度で運営を委譲している岩手県です。

民間へ経営委譲した事から年間運営費は大幅に抑制された事実もあるようです。

福祉の里センターに近い時期に大船渡市では珍しいものが御目見えします。

4日から職場復帰。

13日の木曜日勤務中に逸脱して左手首に全治三週間の打撲の怪我をしましたが11月4日金曜日からは職場復帰します。会社の社長始め皆さんにご迷惑をお掛けしました。職場復帰しても一般労働者と労働パターンが違う意味で今後も怪我には注意しなくてはなりません。


ノーマライゼーション推進を第一公約に掲げ、無競争選挙阻止の目的で望んだ選挙後社会的な評価も拡大した意味で今後も頑張る覚悟です。

2011年10月30日 (日)

杣遊会の製作作品、県立高田高校へ。

いつもながら住田町運動公園球場は早朝から被災地球児諸君の大きな声が聞こえます。本日は第17回すみた産業祭り球場脇でチェーンソーアート同好会杣遊会の皆さんが盛んに作品製作していた場所を球児諸君を引率して来た女性教諭が羨ましそうに見ておりました。杣遊会は被災地支援として被災地の学校入口に動物を象った看板の作品を製作し看板を寄贈する製作活動をしております。


被災地の学校と言え ば忘れてならないのは県立高田高校です

杣遊会泉田会長さんは喜んで高田高校の作品製作を引き受けてくれたようです。

今後も杣遊会さんの被災地支援に期待します。

すみた産業祭りの会場で。

すみた産業祭りの会場で沢山の地元住民 の皆さんに選挙出馬に対する評価の言葉を頂戴しました。

次回出馬の可能性を聞かれ、四年後自治体構成がどうなるか分からない現在の段階てはやはり50Cent、50Centの回答しか出来ませんが、自治体構成の変化があった場合には出馬に自信が持てると思います。

被災地支援に汗を流す住田町。

被災地に訪れる力仕事によるボランティアの皆さんは貴重なマンパワーのように思います。被災地支援に官・民連携のもとに尽力を尽くしている自治体は遠野市だけではありません、住田町も人口類似的な比較をした場合遠野市以上の役割を果たしており、今もサブ拠点以上の役割を果たしているものがあります。

30年ぶりに再会した弟の同級生。

10月最後の日曜日30日(日)は第17回すみた産業祭りでした。

住田町社会体育館前 の運動公園球場敷地で林業従事者の皆さんで構成するチェーンソーアート倶楽部杣遊会【そまゆうかい】の方々の実演が行なわれており弟の同級生と30年ぶりに再会しました。


30年前を思い出すととても懐かしいものがあります。

高田地区県政代弁者 の現実

知事与党、野党問わず高田地区現職県政代弁者の基本姿勢を見直すべきです。


高田地区現職県政代弁者は陸前高田市、住田町民の代弁者です。統一地方選挙で捲土重来を喫して当選なされた現職県議会議員は陸前高田市 出身です。


すみた産業祭りに県議会議員の立場で訪れない事実を見て、陸前高田市の何方が県議会議員になろうと住田町に対する認識は同じものである事をあらためて認識しました。

燕市ボランティア支援の方々、

今日も被災地でボランティア活動に汗を流した方々を地元のバイパス沿いのスーパー前でお見かけしました、新潟県燕市 【つばめし】の社会福祉協議会のマイクロバス2台に分乗して訪れた方々でした。

宿泊先は江刺市と住田町に股がる種山高原の星座の森のようです。


明後日燕市へ戻る予定のようです。燕市の皆さんお疲れ樣です。

第17回すみた産業祭りの吉本お笑いライブの様子です。

第17回すみた産業祭りの吉本お笑いライブの様子です。
第17回すみた産業祭りでの吉本興業のお笑いライブの様子です、今年の産業祭りは東日本大震災で地元に避難している被災者の方々を沢山会場に招き他県からのボランティア、地元に滞在して被災地の支援活動にあたる外国人を会場に招き盛大に行なわれました 。

世田米中学校文化祭

先日、母校世田米中学校文化祭に現役校長先生と【男と男の約束】もあり時間は遅れましたが母校の体育館、校舎に後輩が唄う校歌、世田米 中自慢の木工細工を写真に収めてきました。


後輩達が唄う校歌を聞くのは久しぶりです。校長先生赴任16年前赴任当初木工細工の指導を始め表彰 回数の意味で全国都道府県名門校です。

今後も後輩達に伝統を継承して欲しいものです。

母の他界から2年。

母の他界から2年が過ぎました。先ず持って当時、母のお世話に尽力を尽くして下さいました住田町 社会福祉協議会の局長さん以下ヘルパーさんの方々にあらためてお礼を申し上げたいと思います、ありがとうございました。現在高齢の父にお世話していただいている意味でお礼の言葉が見つかりません。死亡した方の棺に、お金を入れて遺体と同時に焼く習慣がありますが昔からお守りの意味があるようです。


私も母の棺に入れて焼いたお金をいつも自分の財布に入れております。東日本大震災で父と危機一髪で被害を免れる事が出来た私です。


母の霊が震災犠牲者の立場になりかけた父と私を守ってくれたと認識しております。

2011年10月29日 (土)

県立住田診療センターの今後のあり方。

県立病院勤務医師不足の意味から県内にある診療センターは全て無床化され、打開策に結び付いたのは現在旧花泉診療センターのみです。

県立病院再建を考える場合にしても県医療局の県内全ての県立病院【診療センター含め】公平な医師の人事配置の問題もあると思います。

先日地元特別養護老人ホーム施設長さんとお話しさせて頂き ました。県立病院を高田病院の再建実現まで活用をお願いしたい、将来的に高齢者専用でも構いません。医療施設としての活用を期待したいものです、


県立高田病院等のプレハブ医療施設にプレハブ入院施設を決めた県ですが、地域の基幹病院、高田病院だけでは患者さん 、家族に対してのニーズに応える事が出来ない事は明らかな事実です。

有住中学校球児諸君頑張れ、

住田町運動公園球場 では連日被災地高校球児諸君が夜遅くまで厳しい練習に汗を流しております。

今日29日は地元の住田町立有住中学校、未曾有の東日本大震災で壊滅的被害を受けた被災地陸前高田市の横田中学校、同じく被災地の大船渡第一中学校が、盛んに練習試合をしておりました。


部員数若干13名の有住中学校球児諸君に対し大船渡第一中学校の部員は約四倍、全校生徒が年々増える小学校の管轄中学校と人口過疎化が進み逆傾向にある中学校同士の現実、仕方ない事ですが、今年は震災により子供達の管内高校選択肢変動も予想されるだけに来春高校球児を目指す諸君は同じチームでプレーヤーとして頑張れると良いですね。

住田町議会議員選挙 が終わり1ヶ月。

任期満了に伴う住田町議会議員選挙が終わり約1ヶ月が以上が過ぎました。


選挙告示前、再選を目指す現職同士が集まり、選車の自粛を決めた当時再選を目指した現職の判断が裏目に表れた事を数字が証明した選挙でした。


陸前高田市議会議員選挙の選車自粛ならばある意味理解は出来るものがありますが一般的に考えても住田町議会議員選挙が選車自粛の必要性があったのかは今考えても疑問ですが、次回選挙は候補者全てがきちんとした形で選挙戦を戦い有権者の審判を仰ぐ形を今から期待したいものです。選挙が終わり挨拶回りをしながら有権者の方々多くに選挙で有権者としての権利行使をしていただいた事からか喜んで頂いている事から現在も出馬に悔いはありません。次回の出馬の可能性は今から表明出来る段階ではないと思います。


自治体もいつどのようになるかわかりません。その意味から出馬の可能性は
50Cent、50Centです。

住田町運動公園球場の活用方法。

未曾有の東日本大震災で母校グランドを無くした被災地高校球児諸君はほぼ一年間、住田町運動公園球場で練習に汗を流して来ましたが、母校の仮校舎グランドへの練習になる時期も近いと聞いております。


同校球児諸君が毎日練習後念入りにグランド整備をして来た事からも内野グランドなどはコンディションが整ったように見受けられます。

被災地球児諸君へ震災による配慮からもグランド利用料金の減免措置で対応している住田町当局のようです。


個人的見解になりますが被災地の陸前高田市立高田第一中学校、横田中学校、日頃市中学校の積極的活用も期待したいものです。

有住中学校野球部の皆さんご苦労様でした。

有住中学校野球部の皆さんご苦労様でした。
先程アップしたブログは世田米中学校の 所を有住中学校に訂正させて頂きます。 失礼しました。 有住中学校と横田中学校球児諸君のグランド整備の様子です

今日の住田町運動公園球場の様子です。

今日の住田町運動公園球場の様子です。
今日29日の住田町運動公園球場で陸前高田市立横田中学校と 住田町立世田米中学 校が練習試合をしておりました。最後にグランド整備をしていた様子です。お疲れ樣でした。

陸前高田市の復興計画住民説明会を聴講して。

東日本大震災大震災発生による新たな町づくりの為に行政側の立案となる【復興計画】を被災地行政は市町村単位で検討を進めている段階です。陸前高田市は連日のように各地区で住民懇談会を開催しながら地域住民の皆さんに行政当局の立案計画をお示ししている段階です。


ある会場の住民懇談会を聴講させて頂き感じた事です。津波被害で自治体の大半壊滅したのは確かな事実です。


ですが今は行政の防災対策の責任問題を追求している時間はないと思います。今回の津波は仮に陸前高田市が万全な防災対策を講じて来ても被害を免れる事は難しかった事でしょう。その意味で一日も早く行政、住民が一丸となり町づくりの着手を始めなくてはならず行政の立案を批判する時間などないように考えます。

また行政当局も時間をかけ立案をたてた割には復興計画の立案に現実性がないのも事実です。一例で語ると地域の5メートルの地盤傘明けと口で語るのは簡単です。

ですがどの地域にしろ全体の5メートル地盤傘明けは時間もお金も必要です。立案以外に効率性の良い判断がある場合にそちらの選択以外に国県の理解を得る事は難しいように思います

2011年10月28日 (金)

よみがえれ、岩手の地酒酔仙。

岩手の地酒酔仙は陸前高田市の名酒です、酔仙酒造の酒蔵は東日本大震災の甚大な津波被害で壊滅 する結果となりました。従業員7名の尊い命を奪う結果となりました。


酔仙の復活の為に杜氏を筆頭に現在奥州市で奮闘しております。震災後初の【雪っ子】のお酒も出来 上がり関係者は市の復興を期待しながら一杯交わしたようです。

よみがえれ、岩手県議陸前高田市の地酒酔仙。

陸前高田市の地酒酔仙の復活を是非とも期待したいものです。


任期満了に伴う住田町議会議員選挙の際に最後のお酒を頂戴したのも酔仙でした酔仙酒造は津波で7名の従業員と工場も壊滅する結果となりました。

酒づくりの再開は杜氏を筆頭に奥州市にて行われております。


県内有数の酒蔵の跡地は現在瓦礫置き場です。尊い犠牲者の為にも酔仙の復活を期待したいものです

本県出身選手2名プロ球団入り決定。

プロ野球ドラフト会議は27日、東京都内のホテルで行なわれ、本県関係選手2名が指名を受けました。岩手大の三浦翔太投手【21】がソフトバンクの育成3位指名を受けました。本県関係選手の指名は3年連続となります。


一関学院高校時代の 2006年にセンバツに出場した太田裕哉【 23】日本整紙石巻はヤクルトの4位で指名されました。


三浦投手は北東北大学リーグ1部で1年 春からフル回転で登板を重ね、歴代最多 35勝をマークした。

大学4年間で行う春 秋のリーグ戦【全80試合】のうち72試合に登板。今秋は10試合全てを1人で投げ抜くなどスタミタに自信を持つ。


太田投手は多賀城ニ中【宮城】から一関学院高に進学。卒業後は社会人の日産自動車に進んだが、09年末で硬式野球部が 休部となり、日本整紙石巻でプレーしていた。

2011年10月27日 (木)

プロ野球ドラフト会議。

本日27日は東京都内のホテルでプロ12 球団の監督、スカウトなどが出席しプロ野球ドラフト会議が行われております。

花巻東高校大型左腕菊池雄星投手をプロ六球団が1位指名したドラフト会議から 翌年ドラフト会議まで本県から四名何れも投手がプロ球団の指名を受けてプロ球団入りしました。


巨人が春先から指名を明言している原監督の甥、東海大学菅野投手など今年も、社会人、大学、高校共に投手に注目が集まります。本県から一昨年プロ球団に高校生投手が3名、昨年は大学から1名、 何れも投手がプロ球団の指名を受けてプロ球団入りしました。


今年の注目は盛岡大 学付属高校から岩手 大学入りした三浦投手の指名に注目が集まります。。

2011年10月26日 (水)

日本のTPPに参加するべきか?

日本はTPPに参加するべきでしょうか?しないべきでしょうか?世界九ヶ国でも参加に前向きであり、アジア諸国はTPP参加に前向きな国が多い現状です

国内永田町省庁経済産業省、農林水産省では判断が分かれております。


日本がTPPに参加する事により関税の関係で国内輸出貿易が増える事になる意味で自動車産業、半導体産業の貿易高が伸びる結果になるだけに、自動車産業、半導体産業を担当する経済産業省は前向きです。


しかし国内の農林水産業界を担当する農林水産省は日本国内で生産された農林水産食品が関税の低い外国生産食品に価格に押され国内で生産した食品が国内で販売需要が現状以上に低くなるデメリットがあるからです。


日本の食料需給率は先進国の中で最低の割合の現状にありますが国内の平均食料需給率を遥かに上回る岩手県は本県基幹産業を守る為にも個人的にTPPに参加を拒否するべきであると考えます。


同盟国の名のもとに米国貢献継続に日本は一定の区切りを付ける時期は既に過ぎ ており、日本独自の意見を米国に持つ必要があります。


かつて日本に戦争参加の協力要請をして来たのも当時の米国大統領ではなく当時の米国国務長官アーミテージ氏でした。

日本に例えると内閣官房長官レベルの要請を長い歴史を曲げ受諾した程度に過ぎません。


日本が米国にどのような協力要請をお願いするにしろ米国は内閣官房長官レベルの要請を受諾する事などあり得ない意味でもです。

被災地の町づくり構想の説明会。

陸前高田市では明日下矢作コミュニティセンターで震災を受けての新たな町づくり構想が地域住民 の皆さんにお示しされます。


地域の皆さんふるってご参加され市当局の構想を聴講されて見てはいかがでしょうか?

被災地球児の今、

被災地球児の今、
未曾有の東日本大震災発生により母校のグランドで部活動 練習を行なうと言う ごく当たり前の事が出来ず隣接自治体の公営球場で練習する被災地球児諸君の今 です。


厳しい冬場の練習に努力し来年夏の甲子園に出場して下さい

陸前高田市の一日も早い復興実現の為に。

東日本大震災の巨大大津波で壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市です


陸前高田市のみならず被災地の早期復興実現を期待したいものです。


現在も陸前高田市の変わり果てた街並みを見るからに軽々しく復興などと口に出来る状況にありません。


瓦礫の処分先も見つ からないまま12月そしてお正月を迎えるのでしょうか?


津波被害を受けて新たな町づくり構想のビジョンが市内各地区の会場で市当局の関係者が出席して行われております。

参加者には市当局の対応を批判する意見も少なくありません。郷里の一日も早い再生実現の為に市民全員が先ずは一丸となって欲しいものです。首長が自署で書いたような著書の出版の批判もありますが今この時に、首長が著書を書く時間などあるわけがなく、出版物は出版社独自作成の者であるとも考えます。

2011年10月25日 (火)

被災者住民の意識の変化。

震災発生から徐々に落ち着きを取り戻している被災地です。しかしながら多くの被災者の方々には意識の変化も生じて来ているようにも見受けられます。


長年住み慣れた郷里の定住に拘る住民の意識は行政の【復興計画】に対する実現の歳月を考え苛立ちの声もあるようです。最終的に方向性が決まり目標に着手が始まっても自治体の再生、以前の姿を取り戻すまでの歳月に見通しがつかない現在の段階です。


海辺で産まれ育ち、震災被災を危機一髪で免れた被災者住民の方々には海が見えない、海のない場所に生活再建を考える方々がマスコミを通じても増えて来たようです。

冬場を迎える仮設住宅の暖房対策。

3月11日未曾有の 東日本大震災発生から7ヶ月が過ぎました。被災者の方々は仮設住宅で厳しい冬を迎える事になります。寒さ対策が大きな課題です。本県の最南端にある被災地陸前高田市民被災者の方々はこれまで地元で経験のない冬を迎える事になります。


冬でも積雪がない陸前高田市ですが半面海辺から吹く北風に 毎年曝されます。

被災3県仮設住宅の冬場の公共断熱対策を百%終了した本県です。が、プレハブ式仮設住宅の寒さは免れない事でしょう。


ボランティアの方々は陸前高田市民被災者の方々の一部に湯タンポの支給をするなど細やかな誠意です。


隣接するお隣住田町 の仮設住宅の住民の皆さんに住田町当局は家庭用ペレットストーブを各家庭へ一台ずつ無料提供されたようです。一般家庭用ペレットストーブは約30万円前後の高額商品です。


燃料は木質バイオになりますがストーブの普及率の意味でも現在は灯油より燃料費が若干割高のようですが一冬利用後の灰汁の量は小型バケツで一杯程度、春先の手入れに手間が必要になりますがファンヒーターも同じ事です。


日本国内の少ない資源を有効活用する為にも今後ペレットストーブの普及は仮設住宅に限らず必要不可欠です。

佐藤直人所長 樣。

昨日は時間外に申し訳ありませんでした


今回上部さんの原動は川原前所長も【話し 会いをすればわかる事、警察に行くのは言語道断】と語り 、上部さんにセンター出入りの厳重注意に自分も合意し、ピアカンでもみんなの前で約束した陳謝した事です。


前回も元々の原因は上部さんにあり責任転換して警察に行くなど私も不可解で、言語道断に思います。


上部さんがどのような方であれピアカン、ディケア交流会、講演会で発言する位の原動の責任はあります。


根本的原因は自分にありそれらの指摘を果たす事は難しい事ではありません。


今回に関しては自分が電話一本連絡すれば済む事でした。


信用されないと思う気持ちもあったのかも知れませんがそれも本人の原動の実積にあります。


具合が悪いのなら家に居る必要がありながら障がい者の立場の原因にする、障がい者以前の問題があるのではないでしょうか。


センター出入りの厳重注意の条件を破った以上は所長が変わろうとセンターもそれなりの対応の必要はあると思いますが如何なものですか?


電話で回答下さい。

障がい者の果たすべき役割

先ず持って【人間の生きる為の意識】 と【私の出馬の可能性】のブログが前後した事をお詫びします。


本題に入ります。【人間の生きる為の意識】として何が必要なのでしょうか?全くの漠然論ですが、私のブログは通称3障がいとも言われる障がい者当事者の方々が拝読して頂いている事実がありますが厳しい指摘になりますがある事実を踏まえ辛口論評させていただきます。


私はノーマライゼーション推進は社会的に大切な役割だと思います。


障がい者を支える社会福祉法人、当事者 は当事者の権利を主張します。人間の立場として健常者との人権の公平性を訴えます。


しかしながら権利を主張する前に日本国 憲法に義務としても定められている義務教育、労働、納税義務を特には精神障がい者の方々に障がいの特有を理由に生活費名目で支給されている障がい者基礎年金を煙草購入費などに利用してはなりません。

人間生きる為に必要な意識、

任期満了に伴う住田町議会議員選挙も終わり社会的に自分の今後の目標は四年後の【自治体議員選挙出馬】と様々な形にて指摘されるようにもなった自分です。


背水の陣で挑んだ今回住田町議会議員選挙でしたが次回私の出馬の可能性は明確に50Cent、50Centと 申し上げて置きます

未曾有の東日本大震災発生により気仙の様々な状況を考慮し自治体状況の先々の見通しが定かでない 現在の段階で言うと 今の時点で四年後の出馬を明言出来る方はいないと思います

今回有権者の民意で当選なされた現職の方々も年齢的な意味で私的な理由何れかで今期限りの勇退を 決断される方々もおられると思います。

支持者の高齢化様々な事情で四年後候補者支持構図も変化する事でしょうが無競争選挙はあってはならない簡単に自治体 議員選挙が無競争選挙になる事はないでしょう。

2011年10月24日 (月)

健常者、障がい者の公平な人権推進の為に。

ノーマライゼーション推進、社会的にもまだ多く浸透していない言葉ですが、通称【健常者、障がい者の公平な社会、人権の確率】との意味合いを持つ言葉と解釈しております。 本県知事は全国都道府県知事唯一政府与党籍を持つ知事で、政府は野党時代から政党体質として【弱者保護】分野の政策を盛んに国会で対案化するなどした事からこの問題に感心はあるようです。


ノーマライゼーション推進啓発活動を含め本県は全国都道府県的にも啓発活動の努力の成果があと一歩のように思います。

しかしながら今後は短期間で啓発活動の社会的な実積が求められると共に県民の立場から理解の必要性を義務的要素を抱えているように判断します。


本県は5年後2順目となる岩手国体開催を控えております。

3月初めに三陸沖を未曾有の東日本大震災が沿岸自治体街並みを襲いこれまで国体開催を予定していた競技会場も被災するなどした事から、知事もこれまで開催前向きの姿勢から一転、開催否定的な考えに一度は回りましたが、知事の考えとは別に本庁では【国体推進課】と言う特別部署を設け現在も競技会場の見直し作業などが行われており、国体開催後には 全国都道府県障がい者スポーツ大会が開催されます。何れも全国都道府県に岩手県での開催が恥ずかしくならない大会で終わる為、県民全員がノーマライゼーション推進の啓発活動を理解しない事には開催が難しいだけに今後ノーマライゼーション推進啓発活動の成果を期待したいものです。

黒沢尻工業ラグビー部県大会三連覇。

第91回全国高校ラグビー大会県大会は 23日、盛岡市の南公園球技場で決勝を行い、黒沢尻工業が23対17で盛岡工を退け、3年連続26度目の 【花園】出場を決めた。


3年連続で同じ顔合わせとなった決勝。前半は互いに1トライ【1ゴール】を決めて7対7で折り返した。


後半は黒沢尻工業がS0千葉一志【3年】の3ペナルティーゴールで先行。8分にWTB軽石智也【3年】のトライ【 ゴール】で20-7とリードを広げた。


盛岡工はFW戦で後半優位に立ち、後半 25分にS0稲生太貴 【3年】のトライ【ゴール】で17-20まで迫ったが、反撃が届 かなかった。

陸前高田市の復興実現なるか。

津波で壊滅的被害を受けた岩手県陸前高田市です。市当局は津波被害を受けた第2の街づくり構想を作成し、市内各地区で市民に向けての 説明会を開催しております。


高齢の参加市民の方々は市当局が策定した構想に盛んに要望を重ね市当局の責任を追求しております

今回の震災は言う間でもなく誰もが想定外のものでしたが、 天災であるが故に誰にも責任はありません。寧ろ市民大多数の皆さんの日頃から 防災意欲の認識が薄れていたのが一番の原因です。

道路交通法改正の一例。

2002年今年で9年目になりますが当事の道交法改正には後に対象になるものの生活を大きく変化させる事となりました

事実関係の詳細は世間一般的に浸透されてはおらずその事実に疑問を持つ方も多いと思います。

2002年の改正までは症状の特徴からてんかん当事者のものは【運転免許所得全面禁止】であった事は言う間でもありません。道交法に限らず【公務員受験資格】も同様でした。

しかしながら2002年の改正により発作が再発するおそれのないもの、再発しても意識障害、運動障害をもたらさないもの、並びに発作が睡眠中に限るものなどは公安委員会、医師の診断書を提出するなどの条件で所得可能と制度の変更がありました。規制緩和の良い例なのかも知れません。

母校の文化祭。

人との関係の調整に失敗し人、社会に背を向けて成長した私を義務教育部門を受けて下さった今は故人の母校校長先生です、


あれから学校のイメージもすっかり変わり野球、部活動の世田米中と言われるまでに成長しました。

学校の文化祭、久方ぶりに後輩達が唄う校歌、応援団が母校を叫ぶエール本当に懐かしかったです。

2011年10月23日 (日)

これからの自分。

13日早朝にバイクにて逸脱、診断結果は【3週間前後の打撲】の結果でしたが徐々に回復傾向にあり早い時期に現場に戻りたいものです。

私には是が非でも達成しなくてはならない目標があるからです。

冬場を前に

東日本大震災発生から7ヶ月以上が過ぎました。東北では今年も厳しい冬場の時期を迎える事にもなります。


震災発生後仮設住宅 建設工事が全て終了した時点で先々の課題は被災者の皆さんが仮設住宅での暮らすうえに置いて夏場の【暑さ対策】冬の【寒さ対策】でした。


被災3県のプレハブ仮設住宅冬場に対する【寒さ対策】の断熱工事の進行状況に格差があるようです。


岩手県は行政の立場の冬場の仮設住宅の 断熱対策工事は百%終了しているのに対し宮城県の進捗率は 30%代で全ての工事が終了するのは真冬 の12月のようです。

住田町にある被災者用仮設住宅には住田町特性家庭型ペレットストーブが自治体から提供されるのに対してお隣陸前高田市の仮設住宅には、湯タンポなどの支給で終わるなど余りに格差がある現実があります。

国会議員の削減発言

国会議員の削減発言
民主党の樽床伸二幹事長代行は地方で行われた自身の講演会で今、政府が検討している税の一帯改革の消費税5%を10%に増税する前に国会議員定数の削減を行なうべき、と長年国民有権者が国会議員望んでいた国会議員議員自身の認識と発言を口にしました、


この発言は今後様々な場面で色々な形で物議を醸し出すと思います。


先ずは衆議院議員の比例復活当選制度、参議院議員の全国比例制度を廃止後の将来は手厳しい意見のようですが衆議院議員、参議院議員を一本化にするべきであると考えます。

来年度の課題。


住田町も来月は新年度概算要求を締め切ります。


昨年度体調不良もあった性か近所の奥さんが早朝に洗濯干し をして下の家の敷地に落下して怪我をした為、役場は手刷りを工事していただきました。が、工事は まだ完工していないので来年度予算への盛り込みをお願いするつもりです。

また昨年度非課税、 高齢者世帯に支給された【福祉灯油支給案】は、9月に議員改選選挙があった為、委員会で廃案になったようですが、今年も当事者の為にも支給は必要不可欠ですが、議員さんで、生協に請願書作成をお願い、総務教民委員長も可決に積極的のようです。

これからの気仙。

平成の大合併推進政策も一段落しました。県内市町村全て自主的合併選択制度に促され自治体が必要性あれば合併実現との現行政策ですが個人的には些か疑問な判断です。


【気仙はひとつ】と の言葉のもとにこれまで気仙3市町は、 様々な意味で協力と連携を行い自治体運営を行ないながら、現在に至ります。私は住田町に在住している立場にある以上は今後を見守るばかりです。


3年位前の事でした。今は東日本大震災で建物の陰も形も無くなった陸前高田市ふれあいセンターで知事を交え3首長が合併サミットを行いました。


知事は当事の大船渡市長の合併メリット 発言に頷くばかりですが当事の陸前高田 、住田町首長共に、 一貫して合併可能な 現状の環境を否定しましたが最後は知事を交え握手を交わしサミットの幕を閉じました。


住民、行政職員一部認識も互いに住田町、陸前高田市と連携の絆を大船渡市以上のものと認め歴史的にもそのような事実もあるようです。

これからの陸前高田市、

陸前高田市当局は東日本大震災による第ニの街づくりの為の【街づくり構想】 を各地区会場にて、地元住民の皆さんにお示ししているようですが肝心な部分になると具体性の原案がないようです。


【震災特区】即ち、権限委譲を盛んに求めていた時期もありました。【権限委譲】を求める限り、国、県の制度に準じた街づくり構想も大切 でしょうが先ずは、陸前高田市がどのようにどうしたいのか、を素案実現とは別 問題に考える必要があるのではないでしょうか。

2011年10月22日 (土)

国会議員の削減。

国会議員の削減。
民主党の樽床伸二幹事長代行は政府が今検討している税の一帯改革で検討されている消費税5%を 10%に増税する前に国会議員定数の削減を行なうべき、と長年国民有権者が望んでいた方針を国会議員の立場で初めて自ら口にしました。


この発言は今後話題を大きく醸し出すと思います。


与野党国会議員国民に痛みを押し付ける 政策を長年断行して来ました。


これまで国会議員になるには【お金持ち 】が一番の条件でした。


前回民主党風が大きく吹いた衆議院議員選挙は3日前まで、選挙運動もせず自宅庭で草刈りをしていた女性が比例制度で 国会議員となった事実が一度話題になりました。しかしながら、衆議院議員の比例復活当選、参議院議員の全国比例制度を先ずは全廃し国民に国会議員に計上される経費を還元するべきです。

陸前高田市で震災犠牲者合同慰霊祭

陸前高田市で震災犠牲者合同慰霊祭
東日本大震災発生から7ヶ月が過ぎました。陸前高田市では震災による市民合同慰霊祭が行われ、参列者の皆さんは改めて7ヶ月前の大惨事の悔しさを噛み締めるように式に参列していたようです。

式には陸前高田市の戸羽市長、地元選出内閣総務副大臣の黄川田徹衆議院議員の姿がありました。

戸羽市長はご夫人、黄川田徹総務副大臣はご夫人を始め長男、義父母を亡くした哀しみを改めて噛み締めるように式に参列しておりました。

陸前高田市内で歯科勤務医を経営していたMさん、私個人も今でも【まさか】と思っております。

被災地は今後復興を長い歳月をかけても実現していかなくてはなりません。


その為に気仙が日本が本当の意味でも、一枚岩になり、この難局を乗り越えなくてはなりません。

平野達男震災担当復興相の発言について

平野達男震災担当復興相の発言について
平野達男内閣震災復興相の同級生への発言が問題になっております。本人が、講演会で政治家の立場で発言したのは如何なものか?本人が陳謝したのでそれで良いのでは、と思います。


今は政府として国民の立場で果たすべき役割、求めなくてはいけない問題が選考 しなくてはならない事が沢山あります。

私の立場であっても海水浴に出掛けた位の間柄の友人ならば そうも口に出るのは政治家として、と言うより一人の友人として無理がありません。命はひとつしかありません。早すぎる死を悔しいおもいがあったものと考え ます。


私はそれ以上に悔しいおもいがあるのが事実です。


黄川田徹総務副大臣の夫人、義父を含め 同じ場所に六人おりましたが生存出来た のは私と一関市内に現在は旦那さんと在住する女性と二人だけだったからです。

陸前高田市行政、市民はいつか来るとも言われていた津波を過信していた意味か遠くから迫り押し寄せる津波を目にしながら逃げずに死亡した方も多いと伺います。


自治体復興計画が起動に乗り実現するまで相当数の歳月が必要になります。


そのようなおもいがあったと思います。

政治家以前の問題だ と考えます。

2011年10月21日 (金)

一週間ぶりの陸前高田市の様子。

私が在住する住田町の南側に隣接している岩手県陸前高田市は岩手県最南端部に位置しており通称岩手県の湘南と言われる程、冬場も積雪も珍しい地帯は今回震災で自治体の九割以上が街並みの姿を消しました。


近年国道45号線高田バイパス近郊に郊外型店舗が建ち並び、そこだけを見るからに活気ある街に見えるものがありましたが街並内部は何十年 以上早い時間に人一人歩く所ではありませんでした。


今回の震災を受けて自治体は存亡の危機感にあります。

地元行政は街の復興計画を策定して現在 市内各地区で懇談会を開催しております。


被災者の皆さん、市民の皆さん仮設住宅 に毎日朝から夕方までいるばかりでは復興計画の実現は不可能である事を全員が自覚して欲しいものです。

2011年10月20日 (木)

被災地早期復興実現の為に。

東日本大震災発生から7ヶ月以上が過ぎました。あの日あの時の悪夢の一瞬を誰もが味わう事があってならないのはもちろんです。


私は今回の津波で大きな被害を受けた、岩手県の陸前高田市、大船渡市に隣接する内陸部にある街の住田町と言う自治体に住んでおります。

震災発生から7ヶ月以上が過ぎた今も被災地の杜撰な状況を目の当たりにしておりますが、あの状況を見ると復興などと軽々しく口に出来るものではありません。


岩手県内で震災による犠牲者、行方不明者が一番多い被災地 は陸前高田市でした。


現在も犠牲者の数は圧倒的に陸前高田市が一番のようですが行方不明者数は陸前高田市以上に大船渡市の方が現在は勝る数のようです。


震災直後から現在も全国都道府県警機動隊の皆さんの捜索活動が成果を表しているように思うついこの頃です


さて、被災地が本当の意味で何が必要であるかを考えた場合僅か一点だけ、いつも感じる事があります。


住み慣れた郷里の再生の為には被災地の住民一人ひとりが一日も早く被災者意識から脱却し復興を国、県、地元行政の役割のものとせず、被災者の方々が仮設住宅で過ごす時間を減らしボランティアで地元の瓦礫撤去作業に加わる意識が地元の早期復興に被災地住民が貢献出来る何より求められると私は思う次第です。

家庭教師の条件。

いきなりですが、家庭教師になる条件とは何でしょうか?何故なら就職難のご時勢、更には被災地では来年3月で失業保険が満期を迎え、今より就職難の社会が表面化します。


自由ビジネスも増えると思いますが若者の自由ビジネスの選択肢のひとつであるからです。基本条件に学歴重視なのかも知れませんがいくら有名大学を卒業していようと家庭教師にお母さんが求める条件は何でしょうか。

ちなみに現役の高校入学を控える、中学 入学を控えるお母さん方から伺いました
1身嗜み、清潔な印象


2頼りになりそうで時間と約束を厳守する方


3卒業大学、以上でした。

階猛衆議院議員、被災地支援に汗を流す

階猛衆議院議員、被災地支援に汗を流す
東日本大震災発生後永田町にいる与野党の要人が再三被災地入りします。


何れも短時間の滞在地元の知事、首長と会い自衛隊機で永田町に戻るパターンです。大切な事は議員自ら被災者のもとに歩み寄る姿勢です。

議員が公務で対応が難しいなら秘書でも構いません。衆議院議員、全国都道府県知事唯一与党籍を持 つ本県知事の後継者、階猛衆議院議員は再三秘書へ指示して被災地へ救援物質を搬送しております。

2011年10月19日 (水)

障がい者の皆さんへ

これからのご時勢 健常者、障がい者に 問わず生きる為の努力をしていかなくてはなりません。


先ず障がい者の皆さんに生活費名目で月額十万円未満の【障がい者基礎年金】の 遣い道を真剣に考え て欲しいものです。

飲酒、煙草購入費は障がい者の立場にあっても自らが労働したお金で購入するべきです。


障がい者としての権利を主張する以前に日本国憲法27条を行使して欲しいものです。

これからの時期。

未曾有の東日本大震災発生から約7ヶ月が経過しました、

被災地は千年一度のタイミングである災害に襲われた結果となりました。


再度の大災害も否定出来ない現在の時点で警察官は震災被害の犠牲者の危機感を覚悟の上被災地で勤務しております。


来春3月には失業保険支給制度も期限を迎え職場を探す失業者が現在以上に増え る事でしょう。


これから厳しい冬場の時期を迎え再度自分も仕事での怪我の危機感はありますが自分の目標達成の為 、身体障がい者の立場ながらこれまで私 と弟の二人兄弟を育てて来れて3人目の子育て認識でめいの成長を帰省の度に行なう父の為に私も頑張りたいと思います

楽な仕事は何もありません。

住田町議会議員選挙 の結果後に感じる印象として。

任期満了に伴う住田町議会議員選挙の少数精鋭の戦いも無事に幕を閉じました

私の出馬の最終決断は世間の風当たりから社交辞令もあるのかも知れませんがほぼ正しかったと思う意味で結果に問わず出馬に悔いはありません


選挙は【結果が全て】の一般論はその通りです。


地縁、血縁選挙の現実をも言い訳にするつもりもありません。


選挙結果再選された現職の方々は大半が前回より得票を伸ばし、得票数を落とした候補者も要職の座に抜擢される選挙の結果となりました。

新人候補者の皆さん全員立派な得票で当選しました。その意味で自治体に貢献出来た満足感はあります。問題は候補者が 遣う選挙資金です。住田町議会議員、首長選挙共にポスター、選車燃料費の公的負担はありません。

それを覗いたにしても住田町は候補者が選挙資金を遣う現状を大船渡市と比較しても感じるものがあります。大船渡市長選挙に出馬した若手候補者は市内から約7000票を獲得、住田町議会議員選挙候補者の平均300票前後の獲得数を得る為の選挙資金は若干数の違いしかないようです。

首長選挙、自治体議員選挙の違いがあるにしろこの現実の違いは疑問に思いました。


現実私は全体計上資金は万単位の一ケタ ですが、それでも約3ケタ単位の得票を動かしました。


後は候補者の戦い方 もあるように思いました。

これからの季節。

積雪の冬を迎えようとする初秋末の秋 です。


各地で様々な催し、イベントが開催される時期でもあります。現在私は打撲で2〜3週間の診断を受けまだ左腕が不自由な状況にあります。


23日は地元の行政庁舎前広場で産業祭り、午前中は母校の世田米中学で文化祭のようです。


私を自治体議員選挙出馬可能な原点を作っていただいた母校でもあると同時に、校長先生直々のお誘いもある事から午前中に中学校へ、午後には産業祭りの会場へそれぞれの様子をカメラ撮影したいと考えております。その為にも、打撲の軽傷を完治させたいものです。


選挙で地元有権者の皆さんをお騒がせさせた意味もあります

東日本大震災発生から7ヶ月

未曾有の東日本大震災発生から7ヶ月が過ぎました。震災発生当日巨大大津波被害到来直前まで、被災地陸前高田市内のショッピングセンター付近におり一時ショッピングセンターが倒れおちるような実感を感じその場を去ったの時の事を今でも思い出します。改めて津波被害の犠牲者の皆さんのご冥福をお祈りすると同時に被災者の方々の一日も早い生活再建を期待したいものです。


当日を振り返えると知り合いの義妹さんの誕生日でもあり、午後に時間を見つけお邪魔する約束をしておりましたが当日行く事が不可能となりました。当日に、彼女の勤務する事務所も被災し車を無くした意味でも最低限私も車は無くしていた事でしょう。永田町の要人と電話での話しあいで被災地にある避難所の現状把握の必要性を告げられ陸前高田市から約2週間後に釜石東中学の被災ぶりを見て、絶対に犠牲者になった子供達はいる、と判断しました。


岩手放送特別番組で何と犠牲者はゼロ、日頃の避難訓練の成果が教訓として生かされた、との事でした。津波被害を想定した意味ではなく、 日頃から重要なものです。

これからの季節。

積雪の冬を迎えようとする初秋末の秋 です。


各地で様々催し、イベントの開催時期です。現在私は打撲で2〜3週間の診断を受けまだ左腕が不自由な状況にあります。


23日は地元で産業祭り、午前中は母校の世田米中学で文化祭のようです。


私を自治体議員選挙出馬可能な原点を作っていただいた母校でもあるが故に是非とも校長先生直々のお誘いもあり、産業祭りの風景をカメラ撮影可能な環境に、打撲の軽傷を整えたいものです。


選挙で地元有権者の皆さんをお騒がせさせた意味もあります

住田町議会議員選挙 が終わり。

背水の陣で挑んだ 住田町議会議員選挙 の結果に自分として まったく悔いはありません。


田舎の地縁、血縁の選挙構図ばかりを理由にしていられませんが日本国憲法第27条の役割を行使して今後を考えます。


また四年後に現職の方々の支持基盤も大きく変化します。その為に今は活動資金 の預金が必要になります。


出馬の可能性、現在の時点で50Cent、50Centですが今回出馬の最終決断は永田町の要人と最後まで中途半端にしない。が条件でした。

2011年10月18日 (火)

被災地に激励

被災地に激励
タレント、スポーツ選手が続々と被災地入りしてます。

アテネ五輪女子マラソン金メダリスト高橋尚子選手が津波で壊滅的な被害を受けた陸前高田市に訪れていた時に撮影した様子です。

谷亮子参議院議員と私です。

谷亮子参議院議員と私です。
一関市内のホテルで行われた民主党時局講演会終了後にロビーで撮影した谷亮子参議院議員と私です。


アテネ五輪前の強化合宿を岩手県で行い オリンピックに臨んだ谷議員です。


彼女に現役時代の宿敵、福見とも子、中村美里選手の裏話し も伺いました。

2011年10月17日 (月)

松木謙公衆議院議員 東日本大震災の現地を視察して語る。

松木謙公衆議院議員 東日本大震災の現地を視察して語る。
北海道選出、政府与党小沢グループの実力者松木謙公衆議院議員が東日本大震災発生後約一ヶ月目にして本県一区階猛衆議院議員の秘書らと救援物資を搬送しながら津波で壊滅的被害を受けた陸前高田市入りしました。

松木議員は海岸沿いの国道をワゴン車に乗りながら一言【こんな事世の中にあって良いのか】と呟いておりました。


被災地には菅総理、閣僚らが次々と被災地入りするものの滞在時間は僅か一時間程度で、誰がどこのどの被災地の現状を詳細に把握したのか波紋が及んでいる時期でもありました。

陸前高田市内は3ヶ月以上断水が続きその間に関西方面府県 自治体の水道局車両は一日住田町から一 台一日平均5回陸前高田市内と住田町内 をピストン搬送しておりました。


松木議員に給水車両数が足りるかどうかを尋ねられた私は、車両の増台を議員にお願いしました。


議員はその場から携帯電話で省庁に給水車両の増台を指示、翌日の夕方には車両がこれまで以上に増えたようです。


また北海道旭川市長さんに携帯で連絡、2リットルペットボトルの水を5000本、陸前高田市へ送付するよう指示をして気仙の地を去りました

写真はテレビで陸前高田市を視察した際の印象スタジオで語る松木謙公衆議院議員です。

願、花巻東選抜甲子園大会出場。

来春選抜甲子園大会出場権獲得を争う秋季高校野球東北大会は秋田県こまちスタジアムなどを会場に行われました。


決勝戦進出をかけて本県第一代表花巻東は今春選抜甲子園大会準優勝の青森県の光星学院高校と対戦 切磋琢磨した試合の結果、花巻東は準決勝戦で涙を飲む結果となりました。


花巻東の選抜甲子園大会出場のチャンスは来年の全国高野連の検討委員会の結果次第です。

2011年10月16日 (日)

被災地県立病院再建を検討。

本県被災地3市町の県立病院再建方針検討を明言した岩手県 です。


あくまで【再建方針検討】であり最終決定に【高校再建問題】も含め今後様々な選択肢があります。

2011年10月15日 (土)

社会福祉法人の評議員にご推薦を頂戴しました。

気仙管内で手広く福祉政策、3障がい支援事業を展開する社会福祉法人の理事、評議員の任期満了は来年7月になります。


新たに理事、評議員の人選の条件は双方側から又は社会的な推薦が必要です。


地元現職理事さんが理事会で私の評議員のご推薦を頂いたようです。

次回住田町議会議員選挙私の出馬の可能性。

私の口から語るのも何ですが今回住田町議会議員選挙私の出馬で定数を達成する事が出来た住田町議会でした。【次回も出馬の可能性は高い】と語る世間一般論はあるようですが自分として50Cent、50Centです。


確かに今回出馬表明後に永田町の要人は今回の結果で、今後中途半端にしてはならない。との助言もありました。


今はその程度の条件でしかありません。

2011年10月 5日 (水)

住田町議会議員選挙 が終わり。

任期満了に伴う住田町議会議員選挙も終わり、新たな今後四年間の議員構成の中で難問山積の町政 の議論が始まります

今回選挙結果を見ると現職ニ名を除き残る現職当選順位は下から順番です。次回四年後に議員定数削減議論が出た場合に再出馬を目指す議員さんは定数削減に難色を示す事が予想されますがその時期になり正論を述べ定数削減に難色を示す以前に全員が今後四年間住田町民代弁者としてのご活躍を期待します。

住田町議会役職決まる

任期満了に伴う住田町議会議員選挙は昨日先頃の少数激戦を制した12名の議員さんが参加して今後四年間の役職が決まりました。第20代議長には水野英哉議員、当選四期を選出しました。副議長、菊池孝議員当選三期が泉田是重議員同じく当選四期の議員投票同数六票を獲得して抽選結果菊池孝議員の副議長就任が議会監査委員には新たに就任した菊池孝副議長同様当選回数三回 の林崎幸正議員を監査委員に選出しました。


議会内での選出結果 とは言え三役全てのが有住地区からの議員となると今後の町政運営に波紋を及ぼすと考えます。

被災地の復興実現の 為に。

被災地の復興実現の為に何が必要なのであるかを考えると住民の地元に対する現状打開意識も充分 に必要です。

陸前高田市は復興に向けた町づくりを行政当局は主張しますが具体策もなく現状では掛け声ばかりです。


陸前高田市の町づくり完全復興実現は百 年単位のもので現状では子供から大人まで元気に暮らす方々が生きているうちは最低限実現しそうにありません。


職場を失った方々に自治体は一日高額の日給で瓦礫撤去作業 要員を募集しました

ある陸前高田市民に全国都道府県からボランティアが自分の宿泊費も手出しして陸前高田市の瓦礫の撤去作業に訪れ連日汗を流している中で復興を叫ぶ陸前高田市民として連日仮設住宅で寝ている事を叱りながら瓦礫撤去作業の話しを持ち出しました。


予算が無くなっているとの回答でしたが予算のある時に自分として参加した訳ではありません。


国の第三次補正予算が計上されても参加するわけでもありません。市民がこのような認識、屁理屈を語る現状では復興は実現しないときっぱりと指摘します。


復興実現は他人の役割ではありません。その辺を市民の皆さんの多くが勘違いしている事はきっぱりと指摘します。

2011年10月 3日 (月)

スターバックスチェーンが被災地へニ度目の自治体入り。

全国でも知名度が ある大規模珈琲チェーンスターバックス さんが被災地へニ度目の珈琲提供支援として陸前高田市の米崎中学校仮設住宅団地を訪れました。

スターバックスさんは会社全体で正職員 、臨時職員を含めると全国都道府県にニ 万人の労働者を持つ 大企業です。


本県でも盛岡市内に三店舗あるようです

前回の支援の際には全国都道府県から労働者が集まり仙台で合流して小型バスで陸前高田市米崎中学校仮設住宅団地に訪れその日には住田町のグリンべル高勘に宿泊して翌日に高田第一中学校避難所で珈琲サービス提供をして帰られました。

今回は一日に気仙沼市で支援後住田町のグリンベル高勘旧館に宿泊なされ翌日に米崎中学校仮設住宅 団地で珈琲サービス提供をして帰られました。


友達の部屋に行っていると懐かしのあの味、頂戴しに行き、何気なくどこから来たのか伺うと世田米 出身と言う事でした

実家は先日までYショップを経営していただけに直ぐにお父さん、お母さんもわかりました。


世間は狭いものですね。

2011年10月 2日 (日)

住田町議会議員選挙 が終わり。

任期満了に伴う住田町議会議員選挙は五日間の選挙戦結果、今後四年間の住田町 民代弁者が決まりました。先ず持って、当選なされた方々は今後大変な四年間が スタートします。今後のご尽力を期待したいと思います。


告示前前回議員定数に対し削減した議員数、勇退する議員数、新人候補者の様相から今回選挙戦に対する憶測の見解が再選を目指す元職議員の方々から町民有権者に広がりました。

世間一般論だけにどこまで事実なのかは 私には定かではありませんがもし事実なら候補者として余り に有権者軽視な話しです。


何れの選挙問わず、候補者締め切り最終 日の予定時刻までは何方も性格に事実関係を知る根拠がないからです。


とは言え有権者の選択肢を誰もが否定出来るものはありませんが選挙結果は大半の現職が最下位から順番でした。


その意味で有権者は良く見ていると思いました。


選挙は私の出馬がきっかけで有権者の皆さんに選挙での候補者選択機会を皆さんに行使して頂いた意味で有権者の大多数に感謝されております。


支出の面はあるにしろ自らの意向なく地域から出馬を促され出馬した方々にしろ 住田町議会議員は四年間で約1200万円の公共資金を頂戴する事になります。


その意味で無競争選挙は有権者の大多数が納得しておりません。


健常者、障がい者の立場に問わず自分の当然の権利を行使した自らの判断に今も悔いはありません。

更に選挙期間中は沢山の当選した現職、新人候補者、陣営のウグイスさんからも励まして頂き無事に 選挙戦を終えた現職の皆さんにお礼を申し上げたいと思います。

佐々木ともかず県議会議員とご夫人です

佐々木ともかず県議会議員とご夫人です
未曾有の東日本大震災で半年延期された統一地方選挙でした。


選挙前にご結婚なされ選挙戦を夫婦二人三脚で激戦を見事に激戦を制した一関選挙区新人候補者現職県議会議員の佐々木 ともかず県議会議員とご夫人です。

議員には県政の壇上で岩手県民百万人の 代弁者としてご夫人には議員の良きパートナーとして議員を支え議員の多選に努力して頂きたいものです。


国会議員夫人を含め 議員夫人は議員の代理として挨拶する際に大半のご夫人が、紙を見ながら、取って付けたような挨拶をするご夫人が大多数です。


その現実を真摯に受け止めご夫人は政治家の本当の妻になれるような努力をお願いしたいように議員夫人を拝見していつもそのように感じる次第です。

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